大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)5912号 判決 1991年9月20日

原告 斎藤道夫

<ほか八名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 高池勝彦

被告 三角亀太郎

被告 株式会社 明和建築企画

右代表者代表取締役 石川庄一郎

右被告ら訴訟代理人弁護士 佐藤和利

右同 勝部浜子

被告 小田急建設株式会社

右代表者代表取締役 鷲崎彦三

右訴訟代理人弁護士 猿山達郎

右同 藤巻克平

右同 西吉健夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告斎藤道夫に対して金二三〇万円、同香川正衛に対して金二〇五万円、同永塚忠悟に対して金一八〇万円、同冨山良一に対して金二〇五万円、同高橋睦雄に対して金一五五万円、同五島頼孝に対して金一八〇万円、同森基茲に対して金一八〇万円、同東矢光雄に対して金二〇五万円及び同阿南卓治に対して金一五五万円並びに右各金員に対する平成二年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件マンションの位置関係等

(一) 原告らの居住する豊栄喜多見マンション(以下「喜多見マンション」という。)は、東京都狛江市岩戸北三丁目一二〇二番地八に所在する五階建てのマンションであり、原告ら居住の各居宅を含む居住部分全体の主要な開口部は、すべて西側向きである。

(二) 三角マンション(以下「本件マンション」という。)は、喜多見マンションの西側に隣接する被告三角亀太郎所有の同所一二〇一番地一の宅地(以下「西側隣接地」という。)に建設された五階建てのマンションである。

2  被告らの行為

被告らは、平成二年三月ころから本件マンションの建設を開始し、平成三年一月ころこれを完成させた。

被告三角亀太郎は本件マンション経営の事業主であり、同株式会社明和建築企画(以下「被告明和建築企画」という。)は本件マンションの設計企画者であり、同小田急建設株式会社(以下「被告小田急建設」という。)は本件マンションの建築施工者である。

3  本件マンションの完成による被害

(一) 日照被害

西側隣接地に本件マンションが建築されたことにより、原告ら居住の各居宅は、少なくとも次に掲げるとおりの日照被害を受けた。

一年間の平均日没時間を一七時として算定した各居宅の日照阻害時間

各居宅所有者名 日影開始時刻 日照阻害時間

原告 斎藤道夫 一四時三〇分 三時間

原告 香川正衛 一四時三〇分 二時間三〇分

原告 永塚忠悟 一五時 二時間

原告 冨山良一 一五時 二時間三〇分

原告 高橋睦雄 一五時三〇分 一時間三〇分

原告 五島頼孝 一五時 二時間

原告 森基茲 一五時 二時間

原告 東矢光雄 一四時三〇分 二時間三〇分

原告 阿南卓治 一五時三〇分 一時間三〇分

現実には各居宅とも右記載よりも早い時刻から日影に入っており、したがって、実際に生じている日照被害はこれを上回るものである。

(二) プライバシーの侵害等

本件マンションが喜多見マンションに隣接して建設された結果、原告らの居住する各居宅の室内が本件マンションから見られることによって原告らはプライバシーを侵害されている。また、原告らは従前享受していた眺望を奪われた上、本件マンションの存在により圧迫感を受けている。

(三) 被告らの態度

被告らは、平成元年一二月から平成二年一月にかけて三回にわたり本件マンション建築の説明会を開いたが、その席上で、喜多見マンション側の代表として出席した居住者数名に対し侮辱的な言辞を述べるなど高圧的な態度に終始し、誠意ある態度をみせることなく、一方的に交渉を打ち切って本件マンションの建築を強行した。

(四) 被告らが本件マンションを完成させたことにより、原告らは、受忍限度を超える精神的苦痛を被った。よって、被告らによる本件マンションの設計・建設行為は違法である。

4  本件マンション建築工事による被害

(一) 原告らは、本件マンション建築工事の施工中、耳障りな金属音、機械操作の音及び建築中の建物を覆ったシートが風に鳴る音などの騒音に悩まされた。

(二) 工事中、作業者から原告らの居住する各居宅の室内を覗かれ、プライバシーを侵害された。

(三) 工事に付随して、セメントが原告らの自転車置場や駐車場に飛散した。

(四) 原告らは、右工事により、受忍限度を超える精神的苦痛を被った。よって、被告らの行為は違法である。

5  損害額

(一) 原告らは、日照を奪われたことによる精神的苦痛のほか、本件マンションによる日照被害の結果、喜多見マンションのうち原告らが所有し、かつ、居住している各居宅の価格が下落したことによる精神的苦痛も被っており、これらの事情を考慮すれば、本件マンションにより原告らが被る日照被害に関する損害額は、各原告につき一時間あたり金五〇万円が相当である。

(二) 本件マンションの建設により原告らが被るプライバシー侵害、眺望損害及び圧迫感等に関する損害額は、各原告につき三〇万円が相当である。

(三) 本件マンション建設工事による騒音等に関する損害額は、各原告につき五〇万円が相当である。

6  よって、原告らは被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、原告斎藤道夫に対して金二三〇万円、同香川正衛に対して金二〇五万円、同永塚忠悟に対して金一八〇万円、同冨山良一に対して金二〇五万円、同高橋睦雄に対して金一五五万円、同五島頼孝に対して金一八〇万円、同森基茲に対して金一八〇万円、同東矢光雄に対して金二〇五万円及び同阿南卓治に対して金一五五万円並びに右各金員に対する右損害金の支払請求から一週間を経過した日である平成二年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否等

(被告ら)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3(一) 同3(一)の事実は否認する。冬至における有効日照時間(八時から一六時)を基準として日照阻害時間を算定すべきであり、これによると、原告らが本件マンションにより受ける日照被害は次に掲げるとおりである。

各居宅所有者名 日影開始時刻 日照阻害時間

原告 斎藤道夫 一四時三〇分 一時間三〇分

原告 香川正衛 一四時三〇分 一時間三〇分

原告 永塚忠悟 一五時 一時間

原告 冨山良一 一四時三〇分 一時間三〇分

原告 高橋睦雄 一五時三〇分 三〇分

原告 五島頼孝 一五時 一時間

原告 森基茲 一五時 一時間

原告 東矢光雄 一四時三〇分 一時間三〇分

原告 阿南卓治 一五時三〇分 三〇分

原告ら居住の各居宅が西側向きにしか開口部を有しておらず、もともとその構造上日照に対する配慮を欠いた建築物であることに鑑みても、右の程度の日照阻害は受忍限度の範囲内というべきである。

(二) 同3(二)の事実は否認する。

プライバシーについては、設計段階では喜多見マンション側に三か所予定していた窓のうち二か所の設置を止めてその箇所を壁面としたほか、他の一か所についても目隠しをするなどの配慮をしている。

圧迫感については、本件マンションから喜多見マンションのベランダまでの距離が約五メートルあり、本件マンションも喜多見マンションと同じ五階建てであることなどから、本件マンションが原告らを不当に圧迫するものとはいえない。

(三) 同3(三)の事実のうち、被告らが三回にわたり説明会を開いたことは認め、その余は否認する。

被告らは、説明会を開いたのみでなく、原告ら喜多見マンション居住者の要望に対して回答書を提出した上、要望に従って本件マンションの当初予定した位置全体を喜多見マンションから離れる方向に移動させるなど可能な限りで譲歩している。また、説明会後にも二万円の商品券を持参して戸別に挨拶に回るなど、原告ら近隣住民に対し誠意をもって対応している。

(四) 同3(四)は争う。

4 請求原因4(一)ないし(三)の事実は知らず、同(四)は争う。

本件マンション建設工事に際しては、できるかぎり騒音・振動を抑えるような工事方法をとっており、建築工事一般に付随する以上の騒音等は出していない。

5 同5は否認する。

6 同6は争う。

三  被告らの主張

受忍限度の判断にあたっては次の事情も考慮に入れるべきである。

1  地域性

(一) 本件マンション及び喜多見マンションは準工業地域に隣接した住居地域に存在し、小田急電鉄小田原線喜多見駅まで徒歩約一〇分、同駅から新宿まで約二四分であって、都心への通勤圏内にある。

(二) したがって、この地域の中高層化は不可避であって、現実にもマンション建設が盛んに進められており、その規模も本件マンションと同様五階建てがほとんどである。

喜多見マンション自体も五階建てであるばかりか、延床面積を比較すると、本件マンションの約三倍の規模を有している。また、本件マンションは喜多見マンションのベランダから約五メートル離れている。

2  法規適合性

本件マンションは建築基準法上の日影規制等を遵守した適法な建築物である。

3  被害回避可能性

本件マンションによる日影は、午後遅くできるものであって長く伸びるため、本件マンションの構造や配置を工夫することによって原告ら居住の各居宅に対する日照阻害を回避することは不可能である。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告らの主張1(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、喜多見マンションが五階建てであること、延床面積において本件マンションの三倍の規模を有していること及び本件マンションが喜多見マンションのベランダから約五メートル離れていることは認め、その余は否認する。

2  同2の事実は知らない。

3  同3は争う。一部を低層にするなどの配慮をすれば、ある程度の被害回避は可能である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2の各事実は各当事者間に争いがない。

二  本件マンション建築による原告ら居住の各居宅に対する日照阻害、プライバシー侵害等に関する違法性について検討する。

1  日照被害の程度

(一)  本件マンション建築以前の日照状況

原告ら居住の各居宅の重要な開口部がすべて西側向きであることは、前示のとおり当事者間に争いがなく、したがって、従前から午前中は右各居宅とも日照を享受できなかった。

《証拠省略》によれば、一月下旬ないし二月上旬ころにおいて、原告ら居住の各居宅はいずれも一三時前後からベランダ部分に日光があたりはじめること、その後室内に日光が射しはじめ、各戸とも日没まで日照を享受していたことの各事実が認められる。

(二)  本件マンション建築後の日照状況

《証拠省略》によれば、一月下旬ないし二月上旬ころ(以下数段における記述は、特に断らない限り右の時点を考察の基準時とするものである。)の日照状況につき以下の事実が認められる。

一三時前後から原告ら居室のベランダ部分に日光があたりはじめることは従前と同様であり、この時点では本件マンションによる影響はみられない。

その後の時刻、すなわち、原告斎藤道夫及び原告香川正衛方では一四時ころ、原告永塚忠悟、原告冨山良一及び原告東矢光雄方では一四時三〇分ころ、原告森基茲方では一四時四〇分ころ、原告五島頼孝方では一四時五〇分ころ、原告高橋睦雄及び原告阿南卓治方では一五時ころ、それぞれ本件マンションによる日影ができはじめ、一五時三〇分ころには各戸ともほぼ完全に本件マンションの日影内に入る。

乙第一号証の一ないし四の日影図は、《証拠省略》によれば、喜多見マンションの開口部分に生じる日影を基準として作成されたものであることが認められるところ、ベランダ部分はさらに一二〇センチメートル程度西前方に出ているため、右日影図は、前掲各写真にみられる日影の状況とは異なる状況を表示していることになり、もともと室内には午後数時間の弱い日照しか期待できず、したがってベランダ部分の日照の程度もまた原告らの生活状況に相当の影響を及ぼすものと解される本件においては、本件マンションによって生じる日影の程度は喜多見マンションのベランダ部分に生じるそれを基準にして判断するのが相当であるから、前記日影図は、採用しない。

また、甲第一五号証の写真は、《証拠省略》によれば、本件マンションの建築工事中、建物全体がシートで覆われている状態において生ずる日影を撮影したものであることが認められ、これにより完成後の本件マンションによる日影状況を判断するのは相当でないから、右甲号証も採用することができない。

(三)  前記(二)の認定事実によれば、本件マンションによる日影は、最も日照阻害の大きい原告につき一四時ころから、最も日照阻害の小さい原告につき一五時ころからそれぞれ日没まで生じており、その日影時間は、日没を一七時ころとして考えると二時間ないし三時間であり、冬至のころの有効日照の終了時間(一六時ころ)を基準とすれば一時間ないし二時間であって、これを見るかぎりでは格別重大な日照阻害が生じているものとは認めがたい。

もっとも、日照時間の長短のみから見ると、原告斎藤道夫及び原告香川正衛方では僅か約一時間となり、それもベランダに日光があたるのみで室内に日が射してくる前に日影に入るものと認められ、この点からすると原告らの生活利益がある程度損なわれているものといえなくもない。

しかしながら、もともと原告ら居住の各居宅部分を含む喜多見マンションの居住部分全体がその主要な開口部を西側にしか有しておらず、東南方、南方そして西南方の各方向から順次もたらされる一日の日照を自己の側からその過半にわたり享受しない構造となっており、このことが本件マンションによる日照阻害の深刻化を招く大きな要因となっていることは否定し得ない。そもそも、日影に対する受忍限度いかんは、東西南北相互に隣接する土地上でそれぞれ社会生活を営む者同士の間において、当該地域における住居の日照享受の平均的な方法態様を前提として、社会生活上どの程度の不利益を甘受すべきであるか、また、一方の生活利益を守るために他方にその土地利用上どの程度の譲歩を強いることがやむを得ないかの問題に帰着すると解すべきところ、本件の喜多見マンションのように、日影を受ける側が自ら選択した建物構造上の特殊事情によって日照を享受できる時間が通常以上に激しく減縮される結果となっている場合には、その減縮された日照時間の短かさのみを強調して日影を生じさせる側に通常以上の大きな譲歩を強いることが衡平の観念に適うとは到底考えられない。

したがって、前記認定のような日照時間の短さのみを捉えて原告らに受忍限度を超えた違法な日照阻害が生じているということはできない。

2  プライバシー侵害等

(一)  《証拠省略》によれば、本件マンションの玄関及び本件マンションの二階以上の北側居室のバルコニーがいずれも北向きに設けられていること、これらの場所に立つものが意図的に喜多見マンションの方向に眼を転じて同じ高さ以下の喜多見マンションの開口部分の方を見ようとすれば途中でこの視線を遮るものが特にないことが認められるが、それ以上に具体的に原告らのプライバシーが侵害された事実についてはこれを認めるに足りる証拠がなく、かえって、《証拠省略》によれば、原告らを含む喜多見マンション住人らとの交渉の結果、被告らは、本件マンションの当初の設計及び工事を変更して喜多見マンション側に三か所予定していた窓のうち二か所は設置を止めてその箇所を壁面とし、他の一か所の窓もすりガラスにして目隠しを施すなど、原告らのプライバシーに対して相当の配慮をした事実が認められる。

(二)  本件マンションと喜多見マンションのベランダとの間が約五メートル離れていること、本件マンションも喜多見マンションと同じく五階建てであることの各事実は当事者間に争いがなく、これらの事実からすれば、本件マンションが喜多見マンションの原告ら居住の各居宅に対して与えている圧迫感が通常の隣接建物相互間に見られる程度のものを超える異常なものとは認められない。

(三)  本件マンションが建設されたことにより原告ら居住の各居宅からの眺望が悪くなったことは推認できるが、本件全証拠によっても、その悪化の程度が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えるものであったことを認めることができない。

3  被告らの態度

被告らによって、本件マンションの建設前に三回にわたり説明会が開かれたことは各当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、右説明会の席上において被告三角が不穏当な発言をしたことがあったことが認められ、それによって原告らの感情が害され、原告らの反発を招く結果となったことは推認されるけれども、他方、《証拠省略》によれば、右説明会の機会を含め、被告らが原告らの要望に対し個別具体的に回答書を提出するなどして交渉に応じていたこと、実際に、本件マンションの建設地点を移動(南に五〇センチメートル・西に三〇センチメートル)させたり、前述のとおり喜多見マンション側に予定していた窓を二か所設置を止めたりするなど、原告らの要望に応じて設計及び工事を変更した部分もあること、説明会後建設工事に着手した後も商品券を持参して原告らを個別に訪問の上挨拶していることの各事実が認められる。

以上の諸事実によれば、原告らの納得又は了解を得るに至らないまま本件マンションの建築工事に着手し、これを施工した事実があるが、被告らが原告らとの交渉を全く拒絶して一方的に工事を強行したということはできず、被告らの態度に原告らの受忍限度を考える上で特に看過しがたい不当な点があるものとは認められない。

4  地域性

(一)  本件マンション及び喜多見マンションが準工業地域に隣接した住居地域に存在すること、小田急電鉄小田原線喜多見駅まで徒歩約一〇分、同駅から新宿まで約二四分という立地であって、都心への通勤圏内にあることは各当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、本件マンション及び喜多見マンションの周辺には、一部畑地も残っているが一般住宅・アパート及びマンション等が林立していること、特に南東の方角には、道路を隔ててすぐのところに四階建てないし七階建てのマンションが数棟立ち並んでいることが認められる。

(三)  以上(一)及び(二)のような地理的条件、マンション等の建設状況に加え、喜多見マンション自体も五階建てで本件マンションの約三倍の規模を有する大規模なマンションであることをも考慮すれば、本件地域の中高層化は避けがたいのみならず、本件マンションは当該地域に適合する宅地利用の方法によるものということができる。

5  法規適合性

《証拠省略》によれば、本件マンションが建築基準法上の日影規制等を遵守した適法な建築物であることが認められる。

6  被害回避可能性

本件マンションによる日影が午後の日照を遮ってできるものであることは前述のとおりであり、したがって、その日影は西方から東方に長く伸びるものであることは容易に推認し得るところである。そうとすれば、仮に本件マンションの五階部分をセットバックするなどの措置を講じたとしても、最もその程度の大きい喜多見マンション一階部分の日照阻害に対してほとんど回復の効果がないのはもとより、二階以上の他の部分についても特段の変化を生じさせるものとは認められない。同様に、建物全体を移動させることによって原告らに生ずる日照阻害を軽減しようとしても、《証拠省略》によれば、西側隣接地の面積、地形等から現在以上の移動がほとんど不可能と認められるのであって、これらによれば、被告らが原告らに与える被害を回避し得たにもかかわらずそのような措置をとらなかったということはできない。

7  以上1から6までの認定判断によれば、本件マンションの建築により原告ら居住の各居宅に対して生じている日照阻害、プライバシー侵害等が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えるものということはできず、他に右の日照阻害等が右の受忍限度を超えるものであることを認めるに足りる証拠はないから、被告らの本件マンション建築行為が違法性を有するとは認められない。

三  本件マンションの建築工事中の騒音、プライバシー侵害等の違法性について検討する。

1  本件マンションの建築工事が平成二年三月ころから平成三年一月ころまで一年近くにわたって行われたことは前示のとおり各当事者間に争いなく、《証拠省略》によれば、本件建築工事中、特に躯体工事が終了する平成二年一〇月ころまでは、工事に伴う機械音、金属音等が発生し、原告らは長いときで一週間程度連続して右のような騒音に悩まされたこと、本件マンションを覆ったシートが風に鳴る音がうるさく、これによって安眠を妨げられた原告らが被告小田急建設の建設現場管理者に対して苦情を申し入れたことの各事実が認められる。

しかしながら、一般に、社会生活を送る上では、程度の差こそあれ騒音を発生させることは避けられないところであるから、騒音の発生により近隣に迷惑を及ぼす行為がすべて違法と評価されるものではなく、騒音の程度、その継続性、地域性(その発生源と被害を受ける生活場所との距離関係を含む。)、回避軽減の可能性及びその努力の程度等を総合考慮して、右騒音が社会生活上一般に受忍されるべき範囲を超えるものである場合にはじめてこれを生ぜしめる行為が違法となるものと解するのが相当である。

そこで本件について見るに、騒音の程度及びその継続性については、正確な音量等は測定されておらず、《証拠省略》によれば、被告小田急建設は、本件工事において、騒音発生の少ない機種を用い、なるべく喜多見マンションから離れた場所で作業を進めるなどの配慮をしたことが認められ、これらによれば、前記認定の機械音、金属音等の騒音は通常のマンション建築工事に伴って発生する程度を超えるものではなかったと推認されるほか、シートによる騒音についても、原告らの苦情を受けてシートを計測線で締め直すなどして騒音の程度を軽減する努力をしたことが認められる。

また、地域性については、《証拠省略》によれば、喜多見マンションは小田急線に隣接しており、その騒音を防ぐため窓は二重構造になっているなど、もともと交通機関による騒音が相当程度ある地域であることが認められるほか、前述のとおり本件地域が中高層化が避けがたく、近隣ではマンション等の建築を相当の頻度で経験していることも明らかである。以上の点を総合考慮すれば、本件マンション建築工事中の騒音によって原告らが受けた前記の被害は、社会生活上一般に受忍すべき限度を超えるものということはできず、他に右騒音被害が右受忍限度を超えるものであることを認めるに足りる証拠はないから、右建築工事が違法性を有するとは認められない。

2  また、建築工事中のプライバシー侵害については、受忍限度を超えて原告らのプライバシーが侵害されたことを認めるに足りる証拠がない。

3  以上によれば、本件マンションの建築工事に際し被告らに違法な侵害行為があったとは認められない。

四  結論

以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 雛形要松 裁判官 北村史雄 増森珠美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例